冷蔵庫に食品を入れると乾燥してしまうのはなぜでしょうか? この記事では冷蔵庫の構造も考えながら、食品が乾燥してしまう理由を考えてみたいと思います。
はじめに
子供のころ「冷蔵庫に入れた野菜がカラカラだわー」と親がよく言ってました。冷蔵庫の中は温度が低いので、なんとなく部屋に置いておくより乾燥しにくい気がします。そこで、「何で冷蔵庫に入れると乾燥しゃうの?」って聞いてみたところ、何でか考えてごらんと言われたものです。ちょっと考えて、「ドアを開けると温度が上がって、元の温度に戻るまでに水分が蒸発しやすくなるから」みたいに答えた記憶があります。子供にしては悪くない答えに思えますが、「温度だけじゃないよー」と笑われたのを覚えています。
もう親は他界してしまいましたが、もしかして圧力のことを言っていたのかなと思いつきました。冷蔵庫は省エネにするために気密性を高くする必要がありますから、外気とは遮断されていると考えて良さそうです。なので、ドアを閉めた後に冷蔵庫内の温度が下がると、冷蔵庫内の気圧は下がると考えられます。山の上で水が早く沸騰するように、気圧が下がると水は蒸発しやすくなるので、より食品から水分が奪われるという流れです。
まぁ、ありえそうな仮説ではあります。ネット上には減圧乾燥状態だと説明しているサイトがいくつかありました。そこで、この記事では冷蔵庫の構造も調べながら、食品が乾燥してしまう理由を考えてみたいと思います。なお、私は何らこの分野の専門ではありませんので、議論に間違いがあるかもしれません。何かお気付きの場合は、是非お知らせください。
冷蔵庫内の気圧の変化
さて、冷蔵庫はいま家にやってきたばかりで、冷蔵庫の中は温度・湿度ともに部屋と同じとします。仮に温度は24度、湿度は50%としておきましょう。また、冷蔵庫は完全な密閉であると仮定し、冷蔵庫の設定温度は4度としておきます。
気体の圧力は絶対温度(普段我々が使っている摂氏温度に 273.15 を足したもの)に比例することが知られていますから、24度の時の大気圧を \( P(24) \) とすれば、4度になった時の冷蔵庫内の気圧は
$$ P(4) = P(24) \times \frac{4 + 273.15}{24 + 273.15} = 0.9327 \times P(24) $$
と、まあ大気圧の 0.93倍くらいとなりました。この時点でちょっと困ったことになります。今、我が家の冷蔵室の扉の大きさを計ってみたところ、横65cm×縦80cm くらいでした。よって、面積は 5,200 平方センチです。地球の大気圧は1平方センチあたり大体 1kg の力を加えます。となれば扉全体で 5,200 kg です。部屋のドアなどでは内側からも同じ力で押されているのでこの重量を実感することはありませんが、いま冷蔵庫の中の気圧は大気の 0.93倍です。よって内側から押される強さは \( 5200 \mathtt{kg} \times 0.9327 = 4836 \mathtt{kg} \) です。差引 \( 5,200 \mathtt{kg} – 4,836 \mathtt{kg} = 364 \mathtt{kg} \) の力で引っ張らなければ冷蔵庫のドアを開けることができません。
これはなかなか普通の人には難しそうです。しかし、家庭用冷蔵庫で扉が開かないという話は聞いたことがありません。何かの穴で圧力を調整しているのかもしれません。あるいは扉に圧力調整機構があるのかもしれません。いずれにしても、すでにこの時点で圧力が低いから乾燥しやすいという説明は難しくなってしまいました。しかしまぁ、圧力が下がると考えないと最悪の乾燥速度も計算できませんから、ここは目をつぶって、冷蔵庫は密閉状態であると仮定して話を進めましょう。
水蒸気圧の低下と蒸発速度
さて、食品によって乾燥速度は異なるでしょうから、その違いを考えはじめるときりがないです。そこで、ここでは水そのものの蒸発速度に絞って考えてみたいと思います。蒸発という現象は複雑な物理現象ですが、おおよそ (1) \( 飽和水蒸気圧–水蒸気圧 \) と (2) 風速 の 2つに比例して速まることが知られています。もし冷蔵庫の中に入れた食品が部屋に置いてある食品より早く乾燥するならば、この2つのどちらか、あるいは両方が部屋の場合と比較してかなり大きいはずです。まず、ここでは飽和水蒸気圧と水蒸気圧を考えてみたいと思います。
温度が摂氏 \( T \) 度の時の飽和水蒸気圧 [hPa] は
$$ e_s(T) =6.1078\times 10^{\frac{7.5T}{T+237.3}} $$
で計算できることが知られています。よって部屋が24度の時の飽和水蒸気圧は
$$ e_s(24) = 6.1078\times 10^{\frac{7.5 \times 24}{24+237.3}} = 29.84 [hPa] $$
です。普通、湿度50%といった時は、水蒸気圧(空気中の水蒸気のみの分圧)がその温度における飽和水蒸気圧の50%という意味です。よって、この時の水蒸気圧は
$$ e(24) = 0.5 \times e_s(24) = 14.92 [hPa] $$
となります。先と同じく、家に来たばかりの冷蔵庫を密閉状態のまま冷却して温度が4度になったとしましょう。冷蔵庫が密閉状態なので、冷蔵庫内の水蒸気の総量は変わりません。気体の圧力は絶対温度に比例しますから、4度になった時の水蒸気圧は
$$ e(4) = e(24) \times \frac{4 + 273.15}{24 + 273.15} = 13.91 [hPa] $$
となります。温度が下がった影響で水蒸気圧が少し下がりました。一方、4度時の飽和水蒸気圧は
$$ e_s(4) =6.1078\times 10^{\frac{7.5T}{T+237.3}} = 8.13 [hPa] $$
あれれ。また困ったことになりました。水蒸気圧 \( e(4) \) が飽和水蒸気圧 \( e_s(4) \) よりも高いので、結露が発生し、4度になった時の冷蔵庫内の湿度は100%ということになります。これ以上、食品から水が蒸発することはできません。 ドアを開け閉めしたとしても同じです。入ってきた水蒸気の大部分が結露し、冷蔵庫内は常に湿度100%です。
では、仮に部屋の湿度がもっと低く、結露しなかったとすればどうなるでしょうか。一番極端な湿度0%の場合を考えます。その場合は、水蒸気がそもそも存在しませんから、冷蔵庫の中も0%です。言い換えれば、部屋も冷蔵庫内のどちらも水蒸気圧は 0 です。水蒸気圧が 0 ですから、蒸発速度の指標である \( 飽和水蒸気圧–水蒸気圧 \) は飽和水蒸気圧そのものになります。 飽和水蒸気圧はすでに上で計算しました。24度の飽和水蒸気圧は \( e_s(24) = 29.84 [hPa] \)、4度時は、\( e_s(4) = 8.13 [hPa] \) でした。冷蔵庫内の方が飽和水蒸気圧がずっと小さいので、部屋よりも乾燥はゆっくりということが言えます。
ここまでで分かるように、温度が下がると飽和蒸気圧は急激に小さくなります。それは水蒸気圧の低下よりもずっと急激なものです。さらに、冷蔵庫が密閉状態であるなら、食品から水が蒸発すれば湿度はどんどん上昇していき、水蒸気圧が上がってより蒸発速度は遅くなっていきます。さらにさらに、食品の温度も下がっています。水自体の温度が下がっても蒸発しにくくなるので、やはり冷蔵庫の中では蒸発が少なくなるはずです。
ここまでの話を総合すると、そもそも冷蔵庫が密閉状態と仮定すると扉が開かなくなるのでその仮定はあやしい。仮に、密閉状態と仮定して話を進めても、温度低下による水蒸気圧の減少よりも、飽和水蒸気圧の減少の方が急激であるから、圧力が乾燥に与える影響は殆どない。ということになります。減圧乾燥あるいは真空乾燥というのはもっと低圧、たとえば大気圧の0.1倍とかの世界の話のはずで、仮に冷蔵庫が0.9倍程度の気圧であったとしても、殆ど乾燥への影響はないと考えられます。
冷却機の影響
ではいったい、何が食品を乾燥させるのでしょうか。ここで初心に戻って、冷蔵庫の構造を確認してみましょう。ご存知の通り、中型以上の家庭用冷蔵庫は冷蔵室、冷凍室、野菜室の3つに別れています。殆どの冷蔵庫ではこの3つの部屋に冷却器を通して冷やした空気をファンで流し込みます。しかし、コストやスペースの都合から冷却器はひとつしか搭載できないのが普通です。よって、ひとつの冷却器でうまく3つの温度を作り出さなければなりません。
このために、冷却器からの空気の流れをコントロールするためのフラップを搭載しています。このフラップを開け閉めして、あるときは冷凍室のみ、ある時は冷蔵室と冷凍室の両方に冷気が届くように等とコントロールします。また当然、冷却機の温度とファンの速度でも冷却速度を調整しています。
冷却器はマイナス20度程度になるそうです。冷凍室のマイナス18度の温度を維持するためには、冷却器の温度をマイナス18度より低くしないといけませんから当然です。こんな低温の冷却器を空気が通ると、空気中の水分が凍って霜として付着することが想像できます。最近の冷蔵庫ではもうお目にかかりませんが、古い冷蔵庫では直接見ることができました。冷却器の周りにびっしりと霜が張り付いているのを記憶されている方もいらっしゃるかもしれません。今でも見えないだけで、冷蔵庫の裏側で同じことが起こっています。最近の冷蔵庫ではヒーターで霜を溶かし、一般的には冷蔵庫の外に排出して自然乾燥に任せます。
さて、この冷却器を通ると水蒸気圧はどうなるのでしょうか。マイナス20度の飽和水蒸気圧を調べる必要があります。ひとまず先の式で計算すると \( e_s(-20) = 1.25 [hPa] \) だそうです。もっとも最悪のケースを考えれば、水蒸気圧がこの値まで落とされた状態で冷蔵室にやってきます。 乾燥の指標であった \( 飽和水蒸気圧–水蒸気圧 \) を比較してみましょう。部屋では \( e_s(24) – e(24) = 14.92 [hPa] \)、冷蔵室内は \( e_s(4) – e_s(-20) = 6.89 [hPa] \) となります。この指標も部屋の方が2.17倍大きいので、冷蔵室の方が劇的に乾燥が進むという結論にはなりません。
しかし、冷蔵庫の中に強力な除湿機があることに変わりはありません。食品から蒸発した水分を含んだ空気は低温の冷却器を通ることによって除湿され、その空気が冷蔵室に戻って乾燥が引き起こされるのです。
風速の影響
さて、これで乾燥の指標の1つである \( 飽和水蒸気圧–水蒸気圧 \) の値は部屋の方が 2.17 倍大きいと評価されました。しかし、これでは部屋に置いた食品の方が乾燥してしまいます。そこで、もうひとつの指標である風速を考えてみます。乾燥速度は風速にも比例します。よって冷蔵庫の中が部屋の中に比べて 2.17倍を超える風が吹いていれば、冷蔵庫の中の方が乾燥するということになります。
最近の冷蔵庫はファンで冷気を出しますからそれなりの風速があることは間違いありません。これは机上で計算するのが難しいですので、文献から取ってきましょう。[1] はかなり古いものですが、ファン付き冷蔵庫の性能を評価し、適切なファンの風量を求めているものです。最終的な結果は風量で表記されているので、ファンの口径が分からないと風速が計算できません。しかし、この実験設定において、冷蔵庫内の自然対流 0.1 m/s、ファン回転時は最大 1.0 m/s という記述がみられますので、これを使うのはどうでしょうか。
部屋にもエアコンがあると思いますが、野菜を置くなら箱の中に入れているでしょうし、風の当たらないところに置くはずです。一方で冷蔵庫の場合は、冷気の吹き出し口付近であれば、部屋の何倍もの風が当たっているとは想像できます。上記のとおり、自然対流と比較すれば 10倍程度の差はすぐに生じます。よって、ファンが回転するならば、2.17倍の差をひっくり返して、冷蔵庫の中の方が乾燥するという結論になります。
[1] 松居潔史, 強制通風冷却方式を有する冷蔵庫の特性, 日立評論, p.91-94, May 1963 (http://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/1963/05/1963_05_16.pdf).
おまけ: 最近の冷蔵庫の凄いところ
上記の議論は必ずしも全ての冷蔵庫に当てはまるわけではありません。その代表が日立のフロストリサイクルです。日立のフロストリサイクルは冷却器に着いた霜を外部に排出するのでなく、その氷を使って冷蔵室や野菜室を冷却します。これによって、失われた水分が戻るので、湿度を保つことができます。冷蔵庫に入れると乾燥するというのはもはや古い話になってきているのかもしれませんね。
おわりに
冷蔵庫に入れると食品が乾燥するのだとすれば、それは、(1) 低温の冷却器を通ることによって空気が除湿されることの影響、(2) ファンの冷気が当たることによる風速の影響、という何とも単純な結論です。古い冷蔵庫では空気の流れが工夫されておらず、冷気が食品に直接当たって乾燥が引き起こされていた可能性が考えられます。当然、食品をラップでくるむなどすれば、風が当たらなくなるので乾燥を防げます。最近の冷蔵庫では、日立のフロストリサイクルに代表されるように、様々な工夫がなされており、食品の乾燥を防いでいます。